夢を詳しく書く

夢日記です。

 千葉のど田舎に引っ越すことになった。急な引っ越しだったため私は嫌がった。大学はどうするのか、趣味のライブ鑑賞に行けなくなるではないか等の心配事が沢山あった為、母に「引っ越ししたくない、してもいいけど私だけこっちに残りたい」と抗議したが、「いいから早く荷造りしなさい!」と一喝された。両親はもう10年以上まともに口を生きていない程仲が悪い為、いい機会だから別居すれば良いと思ったが、この期に及んでまだ家族一緒に暮らすと言うのだ。どうかしているのではないかと思ったが、荷造り等でバタバタしすぎてその理由を聞くに聞けなかった。

 荷物を10tトラックに詰め込み、私達家族は深夜に家を出た。生まれてから22年間住み続けたこの家にもう住めないと思い出に浸る間もなく家を出発した。 

 深夜の高速を走り抜けた。誰も口を聞くものはいなかったので車内は不自然な程しんとしていた。今更だが私は引っ越す理由をまだ聞いていなかった。ずっと住んできた家を捨て、ご近所に挨拶もせず、深夜に家を出るだなんてこれじゃまるで夜逃げではないか。しかし、今ここで聞ける雰囲気ではなかったためまた機会を改めて聞こうと思った。

 いつの間にか寝てしまったようで、起きたら空が白んでいた。時計を見たら朝の5時だった。車は田舎道を走っていた。私は運転をしている父に「あとどれくらいで着くの?」と聞くと「もうすぐだよ」と返ってきた。

 車はどんどん人気のない道を通っていく。緑が生い茂る道をずっと進んでいき、「やっと着いた」と父が言った。車から出ると、そこには庭付きの大きな古屋があった。引っ越しトラックは既に到着しており、荷物を中に運んでいた。

 「サマーウォーズに出てくる家をトトロの家並みにボロくした感じ」が新居の率直な感想だった。玄関からではなく縁側から家に入った。中に入ってみると、田舎の家の匂いがした。一番最初に足を運んだのは居間だった。居間は10畳間が2つあり、真ん中を引き戸で仕切ることが出来るタイプの居間だった。

 とりあえず各部屋を回ろうと思い、家を探索した。まず最初に開けた部屋は6畳ある部屋だった。窓があり、押し入れがあるだけの質素な部屋だ。

 次の部屋を開けた。次の部屋は8畳あり、窓と押し入れがあった。さっき見た部屋と同じような造りだなと思いながら他の部屋を回った。

 どの部屋も同じような造りで、窓と押し入れがあるだけの部屋だったが、この家はとても部屋数が多かった。一階だけで五部屋程あった。もう一つ部屋があると思い、ドアを開けたらそこは風呂場だった。風呂場は脱衣場がやたら広く、そこだけ小さな温泉宿のようだ。しかし床の板が腐っており、気を抜くと踏み抜いてしまいそうになった。風呂場のドアを開けると檜の香りが鼻にすうっと入ってきた。所々黒く変色しており、お世辞にも綺麗とは言えなかったが家に檜の風呂があるというのは贅沢だ。風呂に入るのが楽しみになった。

 風呂場を後にして台所を探した。台所は非常に奥まった場所にあった。ガスコンロが2つとお湯が出ない水道があるだけの非常に質素な造りで、不便そうだ。もしリフォームするなら台所と脱衣場の床を最優先にやるべきだなと思った。

 続いて2階に上がった。廊下があり、ドアが6つあった。6つの部屋はどれも同じ造りで、6畳間に押し入れと窓が一つある部屋だった。そのうちのうちの一部屋から窓の外を見ると、裏庭が見えた。裏庭には畑があった。「畑なんか使うのかな。お父さんがなんか栽培しそうだな」と思いながら部屋を出て、向かいの部屋に入って窓の外を見た。思わず「わぁ」と声が出た程青々とした緑が広がる田舎の山の中の風景がそこにあった。「私はこんなのどかで不便そうで綺麗な場所に引っ越してきたんだな。ここで暮らすんだな。」とその景色を見たとき急に実感が湧いてきて、不安と興奮が入り混じった感情を覚えた。

 その日の夜は居間でご飯を食べた。家族全員でテーブルを囲んで食べるのは10年以上していない。その為何を話していいか分からず、皆終始無言でご飯を食べ続けた。

 風呂は沙知とお母さんと3人で入った。お母さんが「凄いね〜檜風呂なんて」と言って上機嫌になっていたので、思い切って「ねえ、なんでここに引っ越してきたの?」と聞いた。しかし、完全に無視された。その反応から「多分いくら聞いても答えてはくれないんだろうな」と察し、もう聞くのはやめようと思った。

 風呂から出て脱衣場に立った時、脱衣場の壁に虫が張り付いてた。私は小さな悲鳴を上げ、軽くパニック状態に陥った。お母さんは「あれゴキブリじゃなくてコロオギだよ」と言ってくれた為なんとか落ち着くことが出来たが、問題は解決していなかった。私は虫が大の苦手、特にゴキブリなんか現れたときにはパニックになってしまう。ここは田舎の家で、虫と共存していくことになるのは避けられないだろう。私は今後の虫対策について考えながら脱衣場を出たが、猛烈な眠気を覚えた為考えるのはまた今度にした。

 8畳間に布団を敷き、母と沙知と3人で川の字になって寝た。慌ただしい一日だったなあと考えながら眠った。

 次の日、起きたのは朝6時だった。いつもは昼まで寝ている私がこんな時間に起きるのは珍しいと思ったが、裏庭のザクザクという音で起きたことに気づいた。裏庭に行ってみると、父が畑を耕していた。私が「何やってんの」と聞くと父は「おはよう」と言った後に「何か栽培しようと思うんだけど睦季は何がいい」と聞かれ、私は「トマト」と答えた。そして「仕事は?」と尋ねたが「じゃあ、ゴーヤでも育てるか!」と父が言った。私の言ったことをことごとく無視されたことに腹を立て、私は部屋に戻った。母と沙知がまだ寝ている。いつもなら私が起きた音だけで起きる神経質な母がここまで起きないとはよっぽど疲れてたんだなと思いなるべく音を出さないようにしながら着替えた。トイレの隣にある洗面所で顔を洗い、歯を磨き、縁側から外に出た。家の近くを探索しようと思い、道に迷うといけないからとにかく真っ直ぐ歩いた。緑が生い茂る道を歩き、暫く行くとひらけた場所に出た。ど田舎という言葉が非常に似合う場所だった。まだまだ歩いていると、とうもろこしを手押し車で運んでいる見知らぬおばあちゃんに声を掛けられた。「あんたどこのもんか?」と聞かれた為、「ここを真っ直ぐ言った所にある家に越してきた者です」と言うと「まぁー!」と声を上げ、「昨日越してきた家族だね?あんな家に住んでるのかい!」と言われた為、「まあ、はい」と答えると「わしお隣だから何でも頼ってええからね」と言われたが、ただ単にお隣の距離が遠すぎると思った。おばあちゃんは「これ!好きなだけ持って行ってええよ」ととうもろこしを差し出された。私は「いやいや申し訳ないです...」と言うと「なーに言ってんの!引っ越し祝よ!」と言われたので「それじゃあ遠慮なく。ありがとうございます」と言い、5、6本程とうもろこしを貰ってお別れした。「名前を聞くのを忘れてたな」と思いながら家に戻った。

 帰ると既に母も誠之も沙知も起きており、縁側でスイカを食べていた。母に「お隣さんからとうもろこしを貰ったよ。引っ越し祝だって」と言うと「わぁ立派なとうもろこし!」と喜びながら台所に持っていった。私は誠之と沙知と並んでスイカを食べた。縁側に風が吹き、のどかな田舎の夏って感じがした。

 昼はおばあちゃんから貰ったとうもろこしを茹でて食べた。ほのかに甘くて美味しいとうもろこしだった。お母さんはおばあちゃんにお礼を言いに出かけていった。お父さんはまだ畑を耕しているようだ。

 家周辺の探索を再開しようと思い、また外へ出た。朝に比べるとかなり暑かったが、都会のような嫌な暑さではなく爽やかな暑さだった。真っ直ぐ歩くのに飽きたため左に曲がった。歩き続けると寺が見えた。寺の敷地内に入ってみたが、何をするわけでもなく退散した。「ここに寺があることだけ覚えておこう」と考えながら家に帰った。

 今日の夕飯は早く、6時に食べ終えて風呂に入った。昨日みたいに虫はいないかとびくびくしながら脱衣場に入るとうっかり床を踏み抜きそうになった。今日も3人で風呂に入った。母と沙知は先に出たため私は一人で長く風呂に入っていた。風呂から出て髪を乾かし、脱衣場を後にした。今日も川の字になって眠った。

 次の日、私は好きなアイドルのライブがあった為東京に行かなければならなかった。お母さんに「出かけてくる」 と言ってから家を出た。iPhoneで地図を調べたが、駅まで徒歩一時間はあった。一時間歩くぐらいならなんてことないが、駅から遠い家なんて言葉じゃ片付けられないくらいど田舎に来てしまったんだなと感じた。せめて自転車が欲しいと思ったが、今は自転車が買えるような金などは持ち合わせていなかったし、まず自転車屋が近くにあるかが疑問だ。Amazonで頼もうにも持ってきて貰えるのだろうか。というかあそこの家の住所はなんなのか。様々なことを考えているうちに駅に着いた。

 乗り換えアプリで会場の最寄り駅を検索した。どうやらここから二時間はかかる。「東京に出るまでに3時間はかかるのか...と軽く絶望しながら電車に乗った。

 今までいた場所がど田舎だった為、東京の空気が久々に感じた。ライブは昼の1時開演で、大きな体育館のような場所で行われた。いつもの持ち歌ではなく光GENJIのメドレーをやっており、それはそれで盛り上がった。ライブ終わりに、オタ友のミロクさんに「久しぶりー!」と声を掛けられた。最近忙しくて会えなかったから会うのは一ヶ月ぶりだ。「お久しぶりです!今日のライブ面白かったですね」等と談笑し、ミロクさんに「学校どう?就活がんばってる?」と聞かれた。その質問をされたことによって初めて学校のことや就活のことを思い出した。引っ越しをしてからというものの、急な環境の変化により学校と就活のことなど思いつきもしなかった。と同時に大きな不安の波が押し寄せてきた。このままだと学校へ通うのも一苦労だし、就活だってそうだ。通えなくはないが、今までとはいかず相当大変な思いをして東京へ行かなくてはならない。何でこんな大事な時期に引っ越しなんかしたんだ。これから学校と就活どうしよう。そんなことが頭をぐるぐる回った。ミロクさんの「むつきちゃん大丈夫?」という声でやっと我に返った。同時に涙が溢れてきた。ミロクさんは急に泣き出した私を見て慌てていた。私は申し訳なくなり、「ごめんなさい、ちょっと落ち着くまで外に出ますね」と言って会場を出た。そしてチェキを撮らずに皆が会場から出てくるまで待った。

 オタ友が会場から出てきたため、皆で飲みに行くことになった。どうしてもお酒が飲みたかった為、文字通り浴びるほど飲んだ。

 気がつくと電車に乗っていた。窓の外は既に日が暮れている。何時間飲んでいつ電車に乗ったのか全く記憶になかった。最寄り駅に着いたので電車を降りた。

 駅を出た時、私は驚愕した。駅にしか街灯がないのだ。この状態でどうやって帰るのかと思ったが、iPhoneの灯りでどうにかするしかないと思った。iPhoneの電源が切れないことを祈りながら薄暗い道を歩いた。

 また一時間歩き、やっと家に着いた。酒が入った身体で一時間歩くのはさすがにきつく、風呂も入らずに布団に倒れ込み泥のように眠った。

 朝起きてまず一番最初にしたことは、母に学校や就活のことを相談した。母は子供の学校のことについて考えていると思ったからだ。母は台所でご飯を作っていた。コンロが新しくなっていた。

 私以外に弟や妹の学校はどうなるのか、特に妹はまだ高校生の為転校の手続きなどが必要になってくるのではないか等、母に質問したが「そんなのどうだっていいじゃないの」と母は言った。この台詞には驚いた。母は引っ越す前は私達姉弟に対してちゃんと考えてくれていた。そんな母が「どうだっていいじゃないの」等という台詞を吐くのが信じられなかった。私は「私もうすぐ卒業なんだけど!就活だって終わってないし、どうだって良くない!」と抗議すると、「じゃあここに永久就職すれば?毎日畑を耕して、自給自足の生活も健康的じゃない?ここにいれば学歴なんて関係ないし」と言った。私は「寝ぼけんな!!」と言い放ってから台所を出た。

 このイライラを発散させようと散歩にでも行こうと思ったが、あいにく外は雨が降っていたため今日出かけるのはやめた。また家の探索でもしようと一番端にある部屋のドアを開けた。中でお父さんと弟が昼寝をしていた。部屋にはゲームとテレビと小さなちゃぶ台があり、部屋の隅には古本が山積みにされていた。どうやらここは弟の部屋になったようだ。「こんなにたくさん部屋があるのに何で同じ部屋で昼寝しているんだろう」と思いながら、そこの部屋を後にした。

 縁側でボーッとしていたら雨が止み、急に晴れてきた。私は家を出てまた家周辺の探索をした。今回は裏庭の方面に行こうと思い、裏庭にある山道を歩いた。

 山道を歩いていくと、開けた場所があった。そこから町が一望できた。何故か叫びだしたくなり、私は思いっきり「あーーーー!!」と町に向かって叫んだ。続いて「なんでだよーーー!なんでこんなことになったんだよー!学校行きたい就活したいライブにも行きたいよー!なんで振り回されなきゃいけないんだよー!私の人生どうしてくれるんだよー!」と腹の底にあった思いの限りを叫んだ。叫んでも叫んでも返事は返ってこなかった。